プロフェッショナルの技・思いを、より多くの人に伝えていきたい
ホテルニューオータニをはじめとした3つの直営ホテルと、国内12、海外2のグループホテルを運営する株式会社ニュー・オータニ。入社後、ホテルニューオータニのサービス部門を2年半、宿泊営業を14年間担当し、現在は広報マネージャーを務めている今井さんは、これまでのキャリアを振り返り、「どの仕事にも共通して大切なのは、相手が何を望んでいるのかを察知して、すぐに応えること」と話す。
その姿勢が鍛えられたのが、半年間の新入社員研修を終えて配属された客室予約課(現・ルームリザベーションズ)時代。1年半、電話による宿泊予約受付を担当し、顔が見えない相手の気持ちをくみ取る経験を積み重ねた。
「宿泊予約だけでなく、以前ご利用くださった方からのご要望やお叱りの電話などあらゆる電話を頂きます。お怒りのお客さまからの電話を受けたときには、なんとか気持ちを鎮めていただき、“また泊まりたい”と思っていただかなければなりません。受話器の向こうのお客さまがどのようなお気持ちでいらっしゃるのか、声色やお話の内容から察知し、通り一遍の対応ではなく、共感を示す第一声を返す。それができるかどうかで、お客さまの反応は大きく変わることを学び、鍛えられたのは貴重な経験でした」
3年目に、宿泊営業部門に異動。旅行会社に対してパッケージ旅行のプランにホテルニューオータニを組み込んでもらうための提案や、数十人〜1000人規模の団体旅行の受注、一般企業の要望に応じた宿泊手配などを行うのが役割で、当初は「がむしゃらに、がつがつと営業していた」という今井さん。異動して5年ほどたったときには、相手の懐に入ることを最も意識するようになったという。
「経験を積み重ねるうちに、取引先の担当の方から個人的な結婚式やお祝いごとにホテルニューオータニを利用したいというご要望を頂く機会が出てきたのです。人と人との信頼関係から担当業務の範囲を超えて仕事が生まれることを実感し、まずは自分のキャラクターや思いをさらけ出すこと、うそはつかず、応えられない要望には応えられないと誠心誠意話すこと、そして、お客さまから何かご要望を頂いたときはその日のうちに返すことなどをより心がけるようになりました」
その姿勢が結果につながった象徴的な出来事がある。外資系企業への宿泊営業を担当していた入社14年目のこと。担当企業の一つだったあるアパレルブランドの日本支社長の訃報に接したのだ。企業のトップの訃報が報じられると、通常、各ホテルの宴会営業の担当者はお別れ会の開催を働きかけるためにすぐに営業を行う。しかし今井さんは、自社の宴会営業担当にすぐに押しかけずに待つよう頼んだのだ。
「お客さま側の担当者である秘書課の女性は、仕事を超えたプライベートの話題が出るなど親しくしていただいており、必要なときに宿泊や食事会のご要望をくださっていた方。直属の上司が急逝されたショックを想像すると、今は動くべきではないと思ったのです。まずは私からお見舞いのメールを送ったところ、“上司が亡くなってショックを受けているのに、知らない人からどんどん営業の連絡が来る”と傷ついていらっしゃいました。その後しばらくして“お別れ会を開くので、今井さん、お手伝いいただけますか?”とご連絡を頂き、宴会営業の担当者に引き継いで当ホテルで執り行うことに。営業は仕事を取るばかりではなく、状況を読んでお客さまに寄り添うことが大事で、私の経験や考えが少しは役に立ったと実感した出来事でした」
入社17年目から現在まで担当している広報・販売促進業務でも、この姿勢は変わらない。雑誌や新聞、テレビ、インターネットなど各メディアの担当者とは折を見て交流の機会を持ち、取材依頼が来ればできるだけ迅速に対応している。
「広報の役割は、いかに適した情報をメディアに無償で取り上げてもらうか。流行を感じ取りながら、宿泊プランやサービス、イベントなど、ホテルの一つひとつの商品をさまざまな切り口からとらえ、それぞれの切り口に合ったメディアで取り上げてもらえるようにするのは、お客さまに応じた提案をし続けてきた営業時代と非常に似ています。また、ホテルニューオータニには、世界大会に出場するようなソムリエやシェフ、2000人のお客さまのお顔を覚えているドア係、氷彫刻の世界チャンピオンなど、さまざまなプロフェッショナルがいます。取材に同席して、その技や思いを目の当たりにすると、私自身ものすごく感動して、より多くの方々に知っていただきたいという思いが高まりますし、スタッフも、多くの方々に紹介されることでさらに向上心を高めてくれる。このような機会に常に触れていられるのが、広報のやりがいであり、最も面白さを感じるところです」
また、係長兼広報マネージャーとして、自ら広報の最前線に立ちつつ、部の広報・販促担当者の管理・育成も担う。入社10年目に主任に、13年目に係長に昇進して以来、部下を育てる上で意識しているのは、「任せること」。しかし、当初はその難しさを感じたそうだ。
「心配で任せられなくて。係長になってしばらくは、上司によく“自分は…と言うな。一歩外側に立って部下を見なさい”と注意を受けていました。当時はその言葉の意図が理解できなかったのですが、数年後、上司たちは私たちに仕事を任せ、失敗しそうになったら手を差し伸べてくれていることに気づいたんです。自分で考えて行動し、失敗から成功までさまざまな経験を積み重ねてこそ成長できる。そう気づいてからは、まずは本人たちの好きなようにやってもらって、失敗したら自分が責任を取るという考えに切り替えるようになりました」
「接客の現場でも、営業でも、広報でも、目の前にいらっしゃる方から“ありがとう”と言われた瞬間に、大変だったことも、寝ずに頑張ったことも消えてしまう」と話す今井さん。将来は、あらためて接客の最前線で働きたいとも考えている。
「どうすればお客さまに喜んでいただけるかを考えるのはすごく楽しいですし、ホテルほど人生の晴れの舞台に携わることができ、しかも、“ありがとう”とおっしゃっていただける仕事ってなかなかないと思います。もうしばらく広報の仕事に精いっぱい取り組んで、その後は、ロビーでニコニコとお客さまをお迎えし、ときには若いスタッフを厳しく指導してサービス向上に貢献するようなおばあちゃんホテルウーマンになりたいですね」
雑誌取材に向けて、撮影するケーキについてパティシエと打ち合わせ。「気持ちよく取材を受けてもらえるよう、取材の打診や打ち合わせは電話ではなく直接足を運んで行うようにしています」。
会報誌の印刷見本をチェック。広報マネージャーとして、取材原稿から販促担当が作成するサービス・イベントに関するプレスリリースまで、社外に発信する情報の多くに事前に目を通し、適切な内容かどうかを判断している。
今井さんのキャリアステップ
STEP1 入社1年目 半年間の研修を経て、客室予約課(現・ルームリザベーションズ)に配属
宿泊客の荷物の運搬や客室への案内を行うベル係と、館内の直営レストランの一つ「Taikan En」の来店客の席決め・案内を行うエスコート係を各3カ月間担当した後、客室予約課へ。電話による宿泊予約受付を担当した。ベル係時代には一日中広い館内を移動することや、来館者からの質問に答えるためにホテルにかかわるすべての情報をインプットしなければならないプレッシャーから心身共に疲れ、休日に自分の意思とは関係なく涙がこぼれてきたことも。立ち直れたのは、宿泊客に最寄り駅への道順を案内し感謝されたとき。「お客さまに“ありがとう”とおっしゃっていただけるなんて幸せだな、と思えて。それからは、どんなに失敗しても次の“ありがとう”を目指して頑張れるようになりました」。
STEP2 入社3年目 宿泊営業部門に異動。国内旅行会社への宿泊営業を担当
同社で2人目の女性営業として、最初の2年間は、神奈川県全域や東京都内の旅行会社100〜200軒を担当。東京をはじめ、全国のグループホテルの客室を個人向けパッケージ旅行に組み込んでもらうための提案や、団体旅行の受け入れなどを行った。5年目からは大手旅行会社の本社の担当となり、主に個人向けパッケージ旅行に組み込んでもらうための宿泊プランの企画・提案を行った。また、これまで英語でのコミュニケーション自体には抵抗がなかったが、細かい意思疎通や交渉に課題があったため、30歳を迎えた8年目に英語を勉強し直すことを決意。英会話学校に通い始めた。10年目に主任に昇進し、5〜6人のチームのリーダーも務めるように。
STEP3 入社12年目 外資系企業の担当に
英会話学校で学んでいるのを見ていた上司から、10年目に他課が担当していた国際会議の受け入れのサポートを任され、無事に成功したことがきっかけとなり、外資系企業を担当する課に異動することに。担当したのは、アパレル、IT、コンサルティング会社、監査法人など。英語も外資系企業本社の担当者やVIPなどとの会話や交渉など、ビジネスには支障がないほどに上達しており、本社幹部が来日する際の宿泊のコーディネートなどを行った。13年目に係長に昇進し、担当企業を持ちつつ、5〜6人のグループの管理も担った。15年目の2004年に海外の旅行会社を担当する課に異動。同年に開かれた日米野球の際には、メジャーリーグ選抜チームの宿泊受け入れなどを担当した。
STEP4 入社17年目 マネージメントサービス部に異動。広報・販売促進を担当
営業時代の途中から広報に興味を持ち、年1回、異動希望を申告する機会に希望を出し続けたところ、異動が実現。広報と、サービス・イベントの販促企画を担当し、19年目に広報・販促に責任を負うPRマネージャーに着任した。20年目からは約2年間、温浴施設やスポーツクラブを運営するグループ企業・株式会社TOL(現・株式会社TOLCD)に出向し、スポーツクラブの開業プロジェクトおよび広報・PRを担当。22年目にマネージメントサービス部に戻り、現在は、広報マネージャーとして部下と2人でホテルニューオータニの広報を担当するとともに、株式会社ニュー・オータニの企業広報や、グループホテルのマネジメントなども担当している。
ある一日のスケジュール
今井さんのプライベート
大学時代に始めたスキーが趣味の一つ。本気で上達を目指した30代前半は、1シーズンに30日は滑っていたそう。「今は回数が減りましたが、同僚や取引先の有志で週末に行くスキーツアー(写真)は毎年恒例で続けています」。
幼稚園から大学卒業まで習っていたピアノの腕を生かして、入社3年目に知人とバンドを結成。年1回のライブを続けている。ピアノだけでなくボーカルを担当することも(写真)。「ライブ前の数カ月は、毎晩帰宅後に自主練習しています」。
年1回ほど海外旅行に行き、リゾートでおいしいものを食べ、リラックスして過ごす。「現地の人や文化に触れることで海外からのお客さまのバックグラウンドをイメージできるようになるので、ホテルで働く上でも大切な時間です」。写真は2013年に訪れたカナダにて。
取材・文/浅田夕香 撮影/刑部友康