「この道のスペシャリストになれ」という上司の言葉が、仕事への取り組み方を変えた
学生時代から日本の技術力に興味を持ち、メーカーを中心に就職活動をしていた國永さん。活動の中でふと、生活に身近な筆記具に目を向けたとき、非常に繊細で高度な技術が「スムーズに書く」という1点に注がれていることに興味を抱いたという。
「教育学を学んでいたので、教育現場と密接なつながりがある文具にはもともと関心があり、手を動かして“書く”という行為も大好きでした。ゼブラは、1897(明治30年)の創業以来、一貫して筆記具の開発・製造・販売を行っている会社。ここなら、商品に思い入れを持って仕事に向かえると思ったんです。また、面接で会う先輩社員が穏やかで面倒見のいい方ばかりで、結婚や出産というライフイベントを経ても長く働けるのではないかと感じたことも大きかったですね」
文具業界は「流通三段階性」が原則の世界。商品を開発する「メーカー」から「代理店」(問屋)に卸し、そこから「販売店」へと商品が流れていくのが一般的な流通スタイルで、國永さんも、脈々と受け継がれてきたそのスタイルを基礎から学ぶものだと思っていた。しかし、1年目に国内営業本部東京支店に配属されて担当したお客さまは、事務用品を扱う大手の「通販」会社。既存顧客である販売店からすれば、店舗を持たず、大量に仕入れ定価以下で販売する通販会社は、脅威ともとられる新業態だった。右も左もわからない新人にして、業界の常識を覆す流通形態を担当し、当時は「肩身の狭い思いだった」という。
「ゼブラの代理店営業は、主な業務として、商品と共に什器(じゅうき・商品を店頭に陳列する際の棚などのこと)も提案し、店舗でどのように置いてもらうかを含めて販促立案を行っています。一方、通販では商品を“店頭に置く”ことがなく、通販会社の物流センターに段ボールで商品が届き、運送会社のドライバーの手によってお客さまに届きます。先輩方とは仕事の進め方が異なるうえ、お客さまからは、『このペンの10本入りの箱の大きさ、重さはどれくらいか』『1000本入りのダンボール1箱のサイズはどれくらいか』などと、物流で必要なあらゆる情報を求められました。通販会社を担当した経験者は誰もいなかったので、物流情報のデータはないに等しいんです。しかも当時は、通販が広がれば広がるほど販売店にとって打撃となるという意見が強く、周りにも聞きにくいという状態で…。何とか詳しそうな方を見つけては教えてくださいと食い下がりながらも、『私も普通の代理店営業がしたい』と不満ばかり口にしていました」
転機となったのは入社2年目。当時の本部長がかけてくれた言葉が、仕事への取り組み方を大きく変えてくれたという。
「私も先輩たちのように、既存の流通形態を学びたいという気持ちが強く、『(通販の)担当を外してください』と言ったことがありました。その時、本部長が『既存の分野なら社内にスペシャリストはたくさんいる。でも、新しい通販業態では、あなたがプロフェッショナルであり、誰よりも詳しくなれるチャンスを手にしているんだよ』と背中を押してくれたんです。それを機に、業界全体が変わっていく中で最先端の現場を経験できていることに感謝できるようになり、私が通販事業を引っ張っていくという自覚が芽生えるようになりました」
3年目には社内の部署を横断した「次世代リーダープロジェクト」のメンバーに営業本部の代表として選出。研究開発メンバーなど営業以外の社員と初めてプロジェクトを組み、3カ月で店頭活性化をはかる提案をまとめていくなど、仕事の幅も広がっていったという。
その後、担当するお客さまは変わらずに、社内の業務区分の見直しにより量販部へ異動した國永さん。量販部は主に全国チェーンのコンビニエンスストアやホームセンター、総合スーパーマーケットなどへ営業をする部隊だ。入社10年目には、通販会社への営業を専門とする通販課の課長として2人のメンバーを持ち、提案する商材内容から、価格交渉の決定権まで与えられた。「この商品はこの価格であれば競合他社から切り替えられます」など、これまでの経験やマーケット知識を生かして量販部の部長と交渉。「強気に攻めていました」と笑う。
入社以来ずっと通販事業に携わっていたが、12年目に異動となった先は、広域販売部。副部長として大型チェーンストア本部との商談を担当し、チェーンストアのバイヤーと共に販促を考え提案していく、まったく新しい仕事だった。「メンバーの方がマーケットに詳しい状況で、副部長という肩書だけが独り歩きしている」と感じることも多かったが、ほかの部門長と積極的にコミュニケーションをとり、マーケット情報収集を地道に続けたことで、メンバーやお客さまとの信頼関係を少しずつ築いていけるようになったという。
現在は、マネジメントソリューション本部企画調整部で2人のメンバーを持ち、会社全体の戦略推進に携わっている國永さん。経営陣が打ち出す経営方針、戦略を各部門が具体的な行動目標、数値目標に落とし込めるよう、社長と部門間の“通訳”をしていくことが主な仕事だ。例えば、ゼブラの人気商品「サラサクリップ」の販売拡大戦略を打ち立てた際には、各部門に、「今どのような課題があるのか」「販売拡大に向けてネックは何か」をヒアリングし、解決策を提示しながら業務推進をしていった。
1年間の産休・育休を経て復帰し、朝9時から16時の時短勤務を続けているが、復帰当初は「働きたい」という気持ちと「子どもと一緒にいたい」という気持ちの狭間で揺れ動くことも多かったという。
「優秀なメンバー2人を前に、課長として引け目を感じ、16時退社していては成果が上がらないと焦ったこともありました。通販事業を長く担当していた経験から、“プロフェッショナル”として自分一人で頑張らなくてはと、仕事を抱える癖もあったんです。でも、『こんなに優秀なメンバーがいるのだから、どんどん仕事を任せていけばいいんだ』と開き直れてからは、とても落ち着いて働けるようになりました。効率的な仕事の進め方を確立していきながら、また次のキャリアにチャレンジしていきたいですね」
全社戦略推進に向けて、各部門にヒアリングして出てきた業務課題を資料にまとめていく。経営陣にフィードバックし、「社内の理解を深めるために、もう一度具体的にアナウンスしてほしい」などと要望することもある。
メンバー2人と、全社で販売拡大を考えている筆記具について打ち合わせ。文具好きが集まっているため、商品についてのアイデアまで話がふくらむことも。
國永さんのキャリアステップ
STEP1 入社1年目、国内営業本部東京支店に配属される
1カ月の研修を経て、当時は新業態だった通販を専門に担当。文具業界の構造を覆す存在と思われていたうえ、仕事の進め方を聞ける先輩も少なく、孤独を感じることも多かった。「当時の本部長には、泣き言ばかり言っていましたが、『お前がスペシャリストになれ。責任はとるから思いっきりやってみろ』と言っていただき、誰もやっていないことをやってみようと前向きな気持ちになれました。いつまでも不満を言う私に対して、いい加減にしろと思っていたのかもしれませんけどね(笑)」。
STEP2 入社3年目、社内横断プロジェクト「次世代リーダープロジェクト」に参加
社内の情報共有を深め、リーダーシップを学ぶための社内横断プロジェクトメンバーに選ばれ、他部署の社員と接する機会が格段に増えた。「プロジェクト期間の3カ月は通常業務を離れ、社内の業務改善提案を考えていくのですが、スケジュール管理が甘いと指摘されたり、メンバーへの情報共有が遅いと言われたり、プレゼンテーションでは『話がわかりにくい』と言われたり…。プロジェクト進行を担当している上長には怒られてばかりでした。それまで、通販事業を一人で背負って仕事をしているようなところがあったんですが、社内横断のプロジェクトに参加したことで、いろんな人の意見を取り入れながら仕事を進めていく力を鍛えられました」。
STEP3 入社12年目、国内営業本部広域販売部の副部長として異動
大型チェーンストアの本部と商談を進める広域販売部に異動し、商品と什器を組み合わせて販促提案をする営業を初めて経験。副部長としてお客さまから信頼されるために必要なのは「最新情報に精通していること」だと考えた國永さんは、他部門の部門長や支店長などの上役の方を飲みに誘っては、文具業界の最新動向、全国のマーケット事情などをヒアリングしていった。「お客さまから新しい情報を振られてもさっと答えられるようになったことで、自分にも自信がついていきました」。
STEP4 入社15年目、1年間の産休・育休を経て、2014年5月にマネジメントソリューション本部企画調整部に復帰
2014年4月にできたばかりの新部署に配属になり、全社戦略の推進業務を担当。経営陣からおりてきた戦略がなかなか推進していかない部署に対し、社内要因をいかに解消するのか、企画を立案し実行していく。「社内のたくさんの方と一緒に仕事ができることが面白い」と話す國永さん。「研究開発の現場ではこんな業務課題があったのか」といった発見や、「営業本部はもっとこうすればいいのではないか?」といった要望を抱くことも。「会社全体を見るようになり、自分が営業時代にいかに他部署に迷惑をかけていたかを痛感。今になって反省しています(笑)」。
ある一日のスケジュール
國永さんのプライベート
2015年7月に、家族で沖縄へ。娘が水を怖がり、プールにも海にも入れなかったことが残念! 休みの時には、なるべくどこかへ出かけるようにしている。
プライベートでも筆記具が好き。「保育園の連絡帳にはインクが濃くはっきり書けるものを使ったり、娘とのお絵かきにはかおりつきのカラーペンを使ったりしています」。
同じ保育園に通うママ友とカラオケへ。子どもたちは夫に預けて、思いっきり発散! たまには必要な息抜き。一番左が國永さん。
取材・文/田中瑠子 撮影/早坂卓也