振り返れば道ができていた。そんな自分のキャリアが、仕事選びのヒントになればいい
採用グループのマネージャーとして日立製作所に入社するまで、音響メーカーで人事・CSR(Corporate Social Responsibility:企業の社会的責任)、事業会社で人事マネージャー業務など、人事領域を中心に担ってきた大竹さん。大学卒業当時は、まだまだ女性の結婚退職が当たり前で、キャリア教育の概念もない時代。女性の文系総合職という“マイノリティー”だったからこそ、「長く働き続けるにはどうしたらいいのか」「活躍するために何をすべきか」を常に考え、行動に移してきた。
「目に見える形で人々に感動を与えたい」と、大手音響機器メーカーに就職した大竹さんは、入社後に秘書、人事部での労働組合対応を6年間担当。“モノづくり”に直接かかわらないバックオフィス業務で、細かな社内調整業務に追われながらも、「会社の全体像を見られる」ことに面白さを感じていった。
9年目に入ると、世の中の風潮として、企業の社会的責任が求められるようになり、総務部の下にCSR部門が立ち上がる。ここで、社会貢献活動の方針策定から具体的な施策立案、実行までを任され、年2回の森林保全活動や、マッチングギフト(災害支援金を出した社員に会社が同額を乗せて寄付する)制度の策定などを進めていった。
「保全活動を通じて、社員同士のコミュニケーションが増えるなど、変化を目の当たりにできたことが何よりもうれしかったですね。マッチングギフト制度への寄付をきっかけに、保全活動にも参加するようになった社員の方もいて、いろいろな受け皿を作る大切さを学びました。参加する、しないなど、一つの行動、側面から人を判断してはいけないという教訓は、マネジメントする側になった今も、とても生きています」
立ち上げから7年間、CRS活動に携わったのち、大竹さんは「長く働き続けるために」、一度仕事から離れる決断をする。企業経営をより体系的に習得しようと、青山学院大学大学院で会計学を専攻したのだ。時はリーマン・ショックが起こった2008年。再就職できるのだろうかという不安を打ち消すように「人生で最も勉強した2年間だった」と振り返る。
「毎朝、満員電車に揺られるたびに『周りはみんな働いていて、私だけ無職だ』という焦燥感を抱いていました。でも、2年間立ち止まったことで、働きたいという思いが強くなり、“仕事が好きな自分”を発見できた。キャリアを見つめなおすきっかけにもなりました。特に、財務分析の教授の『数字を分析することで、会社の過去と現在はわかる。でも、会社の未来を予測するために最も大事な情報は、どういう人が働いているかだ』という言葉は忘れられません。人材の大切さにあらためて気づかされ、これからも人事領域に携わっていこうと、キャリアの道筋を立てることができました」
その後、CSRコンサルティング会社でのCSRプロジェクトマネージャー、事業会社での人事マネージャーを経験後、「事業そのものが社会貢献となるメーカーで働きたい」という思いで、14年に日立製作所に入社。新卒600名採用を進める採用グループのマネージャーとして、入社早々、8人のメンバーを持つことになった。
「社内に“モノを作る責任感”“品質へのこだわり”が感じられ、メーカーに戻ってきたというなつかしさがありました。一方で、日立製作所だけではなく、日立グループとの連携も多い日立特有の仕事の進め方は何もかもが新しく、自分より仕事に詳しい8人に教えてもらうことばかり。3年たった今、ようやく会社の全体像、業務の全容をつかめた気がします」
グループに課されたミッションは、採用数の確保と、優秀かつ多様性に富んだ人材の採用。さらに、入社後の配属責任まで持ち、「入社2年目の社員面談」もグループ主導で始めている。採用戦略の立案や、学生へのPRなどを企画するメンバーをサポートし、決断に立ち会うのがマネージャーの役割だという。
「心がけているのは、メンバーが自ら考え、行動するための環境づくりです。マネージャーは表立って動かないものの、企画実行までのスケジュールは現実的なのか、関係者への事前連絡はできているのかといったフォローに抜け漏れがあってはいけません。メンバーとは個別面談やグループミーティングなどを通じてコミュニケーションを重ねながら、一人ひとりに合ったサポートができているかを確認しています」
人事に携わってきたこれまでのキャリアを、「振り返ったら道ができていた」という大竹さん。その時与えられた仕事、舞い込んできた機会に全力で向かうことで道はつながっていくことを、採用の場で出会う学生や既卒者、グループのメンバーにも伝えていきたいと話す。
「30代後半でキャリアを中断し学生に戻った時も、中途入社の女性マネージャーである今も、私は“マイノリティー”であると思っています。だからこそ、ダイバーシティを進める当社において、やれることがたくさんあるはず。採用は、会社と社会の入り口を案内する仕事であり、個人の人生の転機に立ち会った以上、入社後の活躍までしっかり見ていきたい。理系女子や外国籍社員など、多様なバックグラウンドを持った社員の採用は、今後ますます増えていきます。一人ひとりがイキイキと働けるよう、環境づくりにまで貢献したいですね」
企業説明セミナーに登壇するため、大学に向かう。理工学部の教授を訪問し、採用や学生の進路に関する情報交換など地道な活動も多い。
メンバーと採用戦略の企画内容について打ち合わせ。メンバーからの提案をもとに議論を進める。
大竹さんのキャリアステップ
STEP1 大学卒業後、音響メーカーに入社
入社1年目に秘書業務を担当したのち、人事部で組合対応業務に従事。9年目からは、CSR部門の立ち上げ業務に携わった。「他社がCSR業務でどんな社会貢献活動をしているのか、経団連が主催する会合に顔を出してリサーチを重ねていきました。企画実行まで手がけた森林保全活動では、埼玉県にある森を一部お借りし、専門家のアドバイスを受けながら森の環境整備を行いました。リピーターとなって活動する社員が、チームリーダーとして現場を仕切ってくれることもあり、社員の成長に触れられる機会にもなりました」。
STEP2 2008年に退職し、青山学院大学大学院で会計学を学ぶ
音楽を取り巻く市場ニーズの変化から、音響メーカーで長く働くイメージを持てなくなり、15年勤めた会社の退職を決意。経営や会計の知識をつけようと、青山学院大学大学院に入学した。「当然ながら、自分でためたお金から学費を出すので、学ぶことへの必死さが学生時代とは違います。『教授のどんな言葉も聞き漏らすまい』と集中し、出られる限り授業に出席しました。2年間、勉強にエネルギーを注いだことで、仕事がしたい、という思いはとても大きくなりました」。
STEP3 2010年、CSRコンサルティング会社、事業会社で人事のキャリアを積む
会計学の修士を取得後、CSRコンサルティング会社で2年、保育関係の事業をしている会社で人事マネージャーを2年経験する。人事・採用という職業柄、さまざまな会社の求人情報に触れる機会が多く、日立製作所の採用マネージャー職募集の情報はたまたま見つけたものだった。「転職するつもりはなかったのですが、心のどこかで『メーカーに戻りたい』という気持ちがあったのでしょう。モノづくりに真摯(しんし)に向かう風土に触れたい、挑戦だけしてみようと、1社だけ受けたんです。女性マネージャーを外から採用するところに、ダイバーシティに向けて変わろうという会社の姿勢を感じ、それも魅力的でしたね」。
STEP4 2014年、日立製作所に採用グループマネージャーとして入社
8人のメンバーを持つグループマネージャーとして、新卒600名採用、中途採用のための企画、施策実行の責任を担う。「転職経験があるからこそ、最初にキャリアを積む会社の重要性を実感していますし、その選択に影響を与える採用の仕事は、責任重大。人生の選択に立ち会えることにやりがいを感じています」。
ある一日のスケジュール
大竹さんのプライベート
2016年9月、高校・大学時代の友人たちと北海道にて(右上が大竹さん)。何でも話せる大切な存在。
2014年5月に行った、栃木県・袈裟丸(けさまる)山にて。登山やキャンプなどアウトドアが好き。
読書は同時に何冊も読むパラレル派。現在も、小説からビジネス書まで幅広く読んでいる。
取材・文/田中瑠子 撮影/鈴木慶子